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黒鋼は、月のあかるい夜が好きではありません。
人間たちに見つかってしまうかもしれないからです。
黒鋼は人間が嫌いです。変なにおいがするし、変なことばかり言うからです。
そして何より、黒鋼を見つけるとすぐに武器をこちらに向けてくるのです。
黒鋼は狼人間です。
生まれたときから毛むくじゃらで、とがった大きな牙と爪を持っていました。
「もーふもーふ。あはは、もふもふー」
だから黒鋼は人間に恐れられていました。
黒鋼もまた、人間を警戒しています。奴等は銀の弾丸を浴びせてくるのです。
「獣臭いよー。ちゃんとお風呂入ってないでしょー」
人間はみんな、黒鋼を恐れているはずでした。
大きな口を開けて地の底から響くような声で吠えれば、人間たちはみな一目散に逃げていきました。
黒鋼は自ら人間を襲うことはありませんが、危害を加えられるとなれば話は別です。
銃を向けてくる人間を何人も殺してきました。
黒鋼は人間が嫌いで、人間も黒鋼を嫌っている。
そう保たれてきたはずだったのですが……
「おまえ、いい加減にしろよ!」
「えー? なにがー?」
のんきな返事を返す人間の名は、ファイといいます。
彼は金髪の青年で、なぜか黒鋼を恐れることなく毛皮を撫で回しています。
「離れろ!」
「いや」
そう言うとぎゅっと黒鋼にしがみついてきました。
獣くさいと言ったくせに、顔をうずめて頬ずりしています。
黒鋼はため息をついてファイを引き離すことを諦めました。
こんなひょろくて武器も持たない人間なんて、ものの数秒で殺してしまえますが、黒鋼はそれをしませんでした。
彼の素性がわからないからです。
金髪で、顔立ちもよく、身に付けている服や装飾品も高価なものばかりです。
いいところのおぼっちゃんかもしれませんから、むやみに殺してしまえないのです。
面倒ごとは何としてでも避けて生きたいところです。
「おまえ、何ものだ?」
「ねー、わんこ、名前は?」
「わんこじゃねぇ! 狼だ!」
「じゃあ狼さん、名前は?」
「……黒鋼だ」
答えるとファイは満足そうに笑いました。
きれいな笑顔でした。
突然草むらから飛び出してきて、わんこだ!と叫んで抱きついてきたこの人間が何ものであったとしても、きっと黒鋼は殺していなかったでしょう。
あかるい月光に照らされた髪が、あまりにも美しかったからです。
だから月のあかるい夜は嫌いなんだ、と黒鋼は口の中で愚痴りました。
あかるければあかるいほど、誤りがはっきりしてしまうのです。
もう何かが始まっているのでしょう、その音が聞こえるのです、黒鋼は耳がいいから。
どうしたらいいんだ、ひっそりと一人で生きていくつもりだったのに。
感情がどうしようもなく沸き立つ感覚に耐え切れず、遠い遠い星に向かって吠えました。