ホテル代はいつも奴が出した。
半分出すと言っても自分が誘っているのだからといつも断られる。
それは少し後ろめたさを感じさせたが、いい具合に罪悪感をすり替えた。
後ろめたいのは、金を出してもらっているから。
そう考えればいくらか気が紛れた。
「まだ2時なんだ。黒たん、どうする?」
携帯を手に取ったファイの顔が白く照らされた。
電気は全部消す、カーテンも閉め切る。
そうしろと言われたわけではないが、条件として課せられている。
「今日は来たのが早かったからねー」
飲みかけで置いておいたペットボトルのジュースを飲み干して再びファイはベッドにもぐりこんできた。
ライチのジュースだと言っていた。
ファイの唇を舐めると、確かに甘い味がした。体に悪い甘さだ。
「オレは明日、お休みなんだけど、黒りんは?」
「休み」
「そっか、良かったね、休み取れて」
湿っぽい空気はあらゆる隙間から侵入してくる。
暗闇に溶けて、沸騰させた砂糖水のように粘つく。
「明日、カホちゃんとデートするんだー」
ファイの体の細さは不健康的だが、だからこそ興奮した。
羽の折れた蝶を殺すときと同じ気分だった。
堕落へ向かう願望は解放された途端に急降下する。
「だから、痕つけちゃだめだよー」
「さっきも聞いた」
「黒たんはすぐ忘れるからー。あ、忘れたふりする、の間違いかなー?」
ファイはにまりと笑って黒鋼の首に手を回した。
「カホちゃん、最近あんまり連絡くれないんだよねー」
「おまえからすればいいじゃねぇか」
「それはやだー」
そんなだから愛想つかされんだ、と軽蔑するように見下すと、ファイはけらけらと笑い声を上げた。
「カホちゃん」の前は「さっちゃん」で、その前は「エリさん」だった。
いちいち名前を覚えてしまっていることは自分でも気持ち悪く思う。
ファイは自分を好いてくれるなら誰でもいいらしく、すぐ別の相手を見つける。
そしてすぐに振られる。
「一緒にいても楽しくないって、いつも言われるんだよねー」
なんでかな、とファイは首をかしげた。
「楽しい思いさせてあげてるのに」
「……おまえ、けっこうあれだな」
「なにー?」
「クズだよな」
「ひど! それちょっとひどすぎるよー!」
意外にもダメージを受けたらしいファイが黒鋼の首から手を離した。
ぱたりと落ちた青白い腕は昆虫の足のようだ。
「もー傷ついた。傷ついたから慰めて」
目を細め、ファイは黒鋼に挑戦的な視線をよこした。
その顔を見せてやれば、「カホちゃん」は離れていかないだろうに。
表情を見せる相手が間違っている。
そう考えていても欲望はそのずっと先で行き場を無くして渦巻いている。
どれほどのことをすれば、明日、ファイは「カホちゃん」に会いに行かなくなるだろう。
声を枯らせばいいだろうか、足腰立たなくすればいいだろうか。
偶然にも今夜は時間がたっぷりある。
このホテル代分くらいは、きっちり満足させてやろう。
END
蛇足
彼女たちを楽しませてあげようとするからファイは振られるのだと知ってるのに、自分もファイを満足させてあげようとしてる黒鋼さん
[4回]
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