悪いことをしようと思ってこんな風になったんじゃない。
あれをしなさい、これをしなさい、疑問は持たずに従いなさい、これが善というものなのですよ。
そう言う教師たちを嫌って反抗していたら、いつの間にか「悪い子」扱いされていた。
一度そうなればもう二度と「良い子」には戻れない。
母は嘆いた。小さい頃はあんなに「良い子」だったのに、と。
父は呆れた。反抗期もそろそろ終わりにしろ、と。
けれど黒鋼は誰の言うことも聞かなかった。
自分は何に反抗しているのかと少し真面目に考えてみたら、たぶん世界そのものなんだろうという結論が出た。
だから誰に従うこともできず、向かってくる大きすぎる力に声を荒げて叫ぶことしかできない。
ぜんぶ壊れてしまえばいいと思ったりもしたが、それは自然の力によってでなくてはならないから、きっと自分が生きているあいだには実現しない。
うんざりして死のうと思ったことはない。そんな降伏は反吐が出るほど嫌いだ。
かと言って絶対者になろうなんて思ったこともない。
偉そうなことを言ったって、黒鋼は親の財力で生かされているだけの、ただの学生でしかなかった。
どんなに思考を重ねようと、どんなに糾弾しても、現実的には毎朝学生服を着て学校に行き、常識を学ばなければならない子供だった。
そしてそんな態度だから学校では早くから孤立して、よりどころはどこにもなかった。
安らぎとは心臓が止まったときにこそ得られるものだ。
今は惰性で朝と夜が過ぎるのを待っているだけだった。
地面が割れるのを待ちながら、星が降ってくるのを待ちながら、誰もが安らぎを得られるときを待ちながら。
厚ぼったい灰色の雲ばかりを探しては、ほら見たことか、俺が生きている場所はそういうところだ、と誰にでもなく訴えた。
「歯向かうべき対象がどこにもないことは、知ってる」
絡まった細い金糸を指で撫で付けながら、彼は言った。
廃墟となった工場の片隅で、広い空間の隅っこで、彼は黒鋼を見下ろしていた。
「どこにもないけど、そこにある。だからこうして代わりに見えるものに歯向かってる」
蒼い瞳ははじめて見る色をしていた。とてもきれいな宝石のような。
彼は握り締めていた血の滴るこぶしをゆっくり開くと、ぞんざいに服でぬぐった。
付着している血は全て黒鋼のものだった。
彼に殴られたところはひどく痛んだ。鉄パイプなんて、卑怯な凶器を使いやがって。
「これで勝った気になってるんだ。君にじゃないよ、誰でもないんだ」
肩で大きく息をする彼は疲れた、と言って、頭を殴られたせいで起きられない黒鋼の隣に座り込んだ。
「君はどうする? オレは君に勝ってはいないけど、君はオレに負けた」
胸の内に渦巻くのは赤黒い屈辱と、虎模様の闘争心だった。
力の入らない腕に無理やり力を入れて上半身を起こした。
一瞬だけ警戒した彼の顔を覗き込む。陰になったダークブルーの瞳がぎょろりと動いて黒鋼を見据えた。
「このままで終わる気はねぇ。おまえの勝ちたい相手なんてものは、どうでもいい」
こんな声は今まで出したことがなかった。こんな楽しそうな声なんて、知らない。
「俺の勝つべき相手は今、おまえになった。最低のやり方で、無様に泣かせてやる」
彼は目を細めて挑戦的に笑った。
初めて、現実の中に生きている気がした。
END
予告編ぽいけど、続かないよ
[4回]
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