私のお姉様、私のお嬢様
ぎぃ、と重い音を立てて扉が開いた。
光のない広いだけの血なまぐさい部屋の中心に、ひとりの幼い少女が座り込んでいる。
咲夜が一歩踏み出すと、小さな頭が動いて、恐ろしい瞳がこちらに向けられた。
「お姉様以外は、来なくていいわ」
少女が素早く唇を上下させてそう告げた。
蝶が鳴けばこんな声がするのだろうと咲夜は思った。
「そのお嬢様からの伝言を、持って参りましたわ」
ぴくりと少女の飴玉みたいな羽が反応した。
それを見て咲夜は悟られぬよう優越感をあらわにすべく、扉に当てる手に力を込めた。
「お嬢様は、しばらくはこちらへ来ることを控えるそうです」
わずかに開けた扉から入る光だけでは、少女の表情は窺い知れないが、きっと悔しそうに口を歪めているに違いない。
湧き上がる興奮を抑え、咲夜は微笑む。
「少し、お遊びが過ぎたようですね」
その瞬間に咲夜の頬を鋭いナイフが横切った。
ナイフさばきに関しては自分もかなりのものだと思っていたが、彼女もなかなか上手に刃物を扱うようだ。
壁に突き刺さったナイフを引き抜いてよく見ると、刃の部分には咲夜のものではない血がべったりと付着して、鉄の匂いをさせていた。
「このナイフでお嬢様と遊ばれたんですね?」
「出て行け」
「いけませんわ、お嬢様はもっと平和な遊びがお好きですのに」
「出て行け!」
きん、と少女の声が響いて、咲夜は恭しく一礼して扉を閉めた。
重々しく錆付いた音でしっかりと閉ざされた扉の前で、小さく笑う。
手に入れたナイフを愛しそうに全ての指でなぞり、咲夜は時間を止めて主のもとへと急いだ。
END
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厄神様の言うとおり
まさか自分が住まう山で迷うことになろうとは、と鍵山雛は大きく息を吐いた。
すっかり陽も落ちて暗い山道には頼りなさげなランプの光が揺らめいている。
隣を歩くにとりが開発した新型ランプは光は弱いが非常に長持ちする。
「あれ? ここ、さっきも通らなかったっけ?」
足を止めたにとりがざわめく木々を見つめて首をかしげた。
そんなことを言われても山の景色なんてどこも同じようなものだから、わからない。
夜道となればなおさらだ。
「だったらにとりが正しいと思う方の道を行けばいいじゃない」
少し寒くなってきた。早くこんな鬱蒼とした山道から抜け出したい。
「でも羅針盤は壊れてるし」
「勘でいいのよ」
「勘なら雛にお任せします」
慇懃なしぐさで帽子を脱いで見せるにとりに雛は眉をひそめる。
一緒にピクニックに来た帰りにふたりは馴染みの山で遭難した。
神と言えど自然を舐めてはいけない、と心に刻んだ雛だったが、だからと言って山から出られるわけではない。
ずっと歩き続けているのに同じ景色のままで、そのあいだ道の選択の全てをにとりは雛に任せていた。
「私のせいで迷ってるかもしれないのに」
「でもほら、雛は神様だから」
「厄神なんだけど」
「うん、でも」
ランプに大きな蛾がまとわりついている。
振り回して払いのけると、雛とにとりの影がぐるぐる揺れた。
「でも、雛は私の神様だから」
もう一度大きく息を吐いて、雛は歩き出した。
その後ろをにとりがついてくる。
厄神と河童が山を出たのは、明け方近くになってのことだった。
END
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