バレンタイン当日。
学校ではユゥイの特別実習の効果もあって大いに賑わい、みんな甘い匂いをさせて楽しんでいた。
黒鋼も生徒からいくらかおすそ分けをもらったりした。
せんせー彼女いないんでしょーかわいそうだから俺があげますよーなんて小生意気なセリフと共に。
実際のところその指摘は少し違っているのだけど、チョコをもらえないことは正解なので返す言葉に詰まってしまってさらに生徒に哀れまれた。
そしてやっぱり、ファイは黒鋼にチョコを渡すつもりはないらしい。
ファイも生徒からたくさんチョコをもらって、ファイも侑子に昨晩から朝にかけて作ったケーキを届けていた。
すると侑子もファイに秘密でチョコを作っていて、そのサプライズにうるさいほど喜んでいた。
侑子はわがままな理事長だけど、この学園で誰よりも生徒や教師を大事にしているのだ。
その喜びを聞かされながら黒鋼はもやもやしたままファイと夕飯を共にした。
侑子は黒鋼にも小さなチョコクッキーをくれたけれど、明らかにファイとの対応が違っていて、お返しが目当てなのは確実だった。
「ほんとにたくさんもらっちゃったなー。しばらく朝ごはんと昼ごはんはチョコでいいやー」
黒鋼の部屋のテーブルにかわいらしいチョコをたくさん並べて、本当に嬉しそうにファイが笑っている。
昨日のやり取りなどなかったかのように、これはサクラちゃんからでこっちはひまわりちゃん、こっちがモコナからで、と求めてもいないのに解説を始めた。
その中にはユゥイの名前も含まれていて、黒鋼は疎外感を感じずにはいられなかった。
双子はお互いにチョコを交換し合っている。
黒鋼には要求も断って渡さなかったくせに。
いつもは黒鋼の頼みごとはたいてい犬のように喜んで引き受けるのに、どうしてあんな断り方をしたのか。
ファイはこのイベントをただの生徒たちとの交流の機会として終わらせてしまう気のようだが、黒鋼はそれを許すつもりはなかった。
ソファの隣に座ってチョコを片っ端から開けていくファイの手首をつかんで止めさせ、引っ張ってこちらに注意を向けさせた。
「なぁに?」
「わかってんだろ」
「そんなにチョコ食べたいなら、自分の食べなよぅ。もらったんでしょ?」
もう片方の手で黒鋼のエナメルバッグを指差した。
「そんな話じゃねぇのも、わかってんだろ」
「・・・・・・何もかも話さないといけないの?」
ぐっと低くなった声でファイが黒鋼を見上げた。
あかるいはずの蒼い目が汚染されたように濁っている。
「言いたくないことも全部話さないと満足しない?」
「そういうわけじゃねぇが」
「ならいいじゃん。君だって話したくないことの1つや2つ、あるでしょ?」
やんわりと手首の拘束を解いてファイが立ち上がった。
「待て、どこ行く気だ」
「お茶入れに行くだけだよー」
「あとにしろ」
それでも台所へ向かおうとするので、黒鋼が立ち上がって引きとめようとすると、ファイが振り向いて手を伸ばして黒鋼の胸に手を当て、距離を保った。
「そんなに隠し事があるのが嫌なら、オレなんてもう相手にしなきゃいいじゃない」
その言葉に黒鋼は凍りついた。
明確な言葉で始めた関係ではなかったけれど、黒鋼はそれなりの形式を持っていたつもりだった。
「オレは構わないよ。いつでも、君とはただの同僚に戻れる」
笑っているのに笑っていない。
そんな笑顔は見たくない。
「君の詮索癖にはうんざりなんだ。何もかもわかりあえる仲、なんてあり得るはずないのにさ」
「本気で言ってるのか」
「冗談で言えることじゃないでしょ?」
「そうまでして言いたくないことなのか。俺との関係を終わりにしてまで、隠さなきゃいけないことか」
「そうだね・・・・・・でも 安心してよ、寂しい思いなんてさせないから」
ゆっくりとした動きで細く白い指が黒鋼の顎をなでた。
「オレが君から離れたら」
温度のない言葉はガラスの破片のように砕けて黒鋼の心臓を突き刺す。
「そのときは、ユゥイをあげる」
冷たい息遣いが頬にかかるほど近づく。
「そしたらきっと、何の隠し事もない、幸福な関係を築けるよ」
やわらかい金髪に触れようとして、止めた。
こんな状況だが、緊急事態発生だ。
ファイばかりに気をとられて周囲に目を向ける余裕がなかった、どうにかしてこの会話を中断しなければならない。
「おい、ちょっと待て」
「大丈夫。ユゥイはオレよりもずっといい子だから。だから、きっと・・・」
「いや、聞け、ちょっと聞け」
「きっと、ユゥイとなら・・・・・・」
そこまで言ったところで、黒鋼はあぁダメだと思わず目を閉じた。
そして、緊迫した空気は間抜けな金属音で破壊された。
「いったーい! 殴られた!? オレ、今何かに殴られたよ!?」
がいーんという何とも場違いな音は、ファイが背後の人物にフライパンで殴られた音だった。
「テロ!? テロられた!?」
「ファイ・・・・・・」
「あっユゥイ!? オレ今何者かにバールのようなもので殴られ・・・あ! 何でユゥイがフライパン持ってるの!? もしかして犯人はユゥイ!?」
ファイの言葉があまりにも深刻で重かったために、いつの間にか部屋に入っていたユゥイに黒鋼も気づけずにいた。
どこから話を聞いていたのかわからないが、黒鋼がユゥイに気づいたのは、ファイの背後でフライパンを携えて危険な表情をしていたときだった。
「ファイ、ちょっと来なさい」
「わーやだー! 拉致られる! テロられた上に拉致られるよー! 黒たん助け・・・」
「黒鋼先生は来なくていいです」
びしりと言い渡され、黒鋼はおとなしくファイが寝室へ連れられていく様子を見守った。
何がなんだかわからない。一週間前からずっとわからない。
けれどひとまず、あの重苦しい状況からは脱したのだと思うと、安心した。
―――――――――――
「ごめんなさい黒ぽん先生、さっきのは全部嘘です。忘れてください」
「そんなんで納得いくか」
「ただの同僚に戻れるっていうのが一番の嘘です。そんなの嫌です。ごめんなさい」
「・・・・・・・・・・・・」
黒鋼の前で正座をさせられたファイが涙目でそう言うので、あまり強く問い質せずにいた。
あれから少しのあいだファイとユゥイは寝室に閉じこもっていたが、やがてファイは涙目で、ユゥイは拗ねたような顔で出てきた。
そしてユゥイに促され黒鋼の前で正座で謝罪、ということになったのだった。
さきの心臓に悪いやり取りがファイの本心でなかったことには心から安堵したが、まだ納得はいっていない。
「おまえは何がしたかったんだ?」
しかしその問いにはやはり答えない。
ため息をついてファイを見下ろせば、決して目を合わせないように自分の膝に視線を定めている。
どうするものかと空を仰ぐと、ファイの隣にいたユゥイが仕方なさそうに口を開いた。
「ぜんぶ、ボクの嫉妬が原因なんです。ファイがあんまりにも黒鋼先生と仲がいいから、ファイを奪われたみたいで気に入らなかったんです」
「それだけでこいつがあんな態度取るわけないだろ」
「いいえ。それだけの話です。ごめんなさい、ファイは悪くない・・・ことはないんですけど、原因はボクですから、責めるならボクを責めてください。ボクがあなたを妬んで、チョコを作らないように言ったんです。それだけです」
まるで懇願するような口ぶりに、黒鋼はわずかに戸惑った。
ファイにもユゥイにも向けるべき言葉が何なのかわからない。
「黒様もユゥイもごめんね。黒様はオレが何も言わないことに怒ったんだよね? だったら、ユゥイは関係ないから・・・」
「ファイ。ファイはいつもそうだよね、自分だけで解決させようとする。ボクが関係してるからこんなことに・・・」
「あーわかった、わかったからもうやめろ」
ふたりだけで言い合いを始めた双子を黒鋼がなだめる。
「結局、おまえらの問題なんだろ。今回のことはもういいから、これからは面倒ごとを起こすな」
反論しようとするファイとユゥイの発言も押さえつけて、そう結論付けた。
世界には理解できないことが山ほどあって、これはそのほんの一部に過ぎないのだろう。
一生かかってもわからないことというのがあるのは当然だ。
いいから散れ、と手で追い払うしぐさをすれば、双子は顔を見合わせて黙った。
それからユゥイは疲れたのでもう部屋に戻りますと言って黒鋼の部屋を出て行った。
残されたファイもテーブルに並べられたままだったチョコを片付け出した。
「ねぇ、オレからのチョコ、欲しかったの?」
「・・・・・・別に」
「作れって言ったくせにー。じゃあさ、これから作るよ。もらってくれる?」
人懐こい笑みでそう言われたら、うなずいてしまう。
その返事に喜ぶファイが少しだけ控えめに、黒鋼を見る。
「あのね、ユゥイと一緒に作ってもいい? 黒りんでも食べれるの、作るから」
断る理由もないのでうなずくと、ファイは安心したように肩をおろしてくすぐったそうに笑った。
これは黒鋼に兄弟がいないから理解できないものなのだろうか、どうやら違う気がする。
けれどどちらにせよ理解できないことには変わりなくて、この双子にはこれからも振り回されるのだろうと思うと、お菓子なんてもらっても不相応すぎると思った。
「そういやぁ、先週言ってたな」
「んー? 何がー?」
「おまえが俺に与えられる、唯一他者の介入のないものはおまえ自身だけだって」
「・・・・・・えっとー、なんていうかー、あれはただの茶番でしてー」
「言ってたな?」
「いや、言ったのはユゥイだよ? オレは同意すらしてな・・・あれ? どうしてそんな怖い顔なの? え、ちょっと待って、だからチョコあげるって言ってるじゃん! 待ってちょっと待って黒わんこ!」
「こんだけ不快な思いさせられて、菓子程度で許せるわけねぇだろ」
「あれ? もしかしてさっきのオレの別れ話でダメージ受けたの? そうなの? あははははは黒たんかわいー! あ、いやごめんなさい笑ってごめんなさい腕拘束するのやめて!」
その夜は、ソファで縮こまるファイにぞんぶんに仕返しすることで、一週間分の鬱憤を晴らした。
最初から最後まで不明瞭だったバレンタインは不明瞭なまま終わってしまった。
でも、あせらなくても時間はいくらでもある。
どんな方向に進んでいったとしても、黒鋼はファイをそう簡単に離してやるつもりはないし、ユゥイを代わりにするつもりもない。
双子の問題はなかなか面倒な問題らしいけども、その都度解決していけばいいことだ。
自分の腕の中でファイがちらりと隣のユゥイがいる部屋を見やって、一瞬だけ悲しそうな表情をしたのには、不穏な未来のビジョンが頭をよぎったりもしたのだけれども。
END
後日談
バレンタインの翌日、ユゥイは午後に1コマだけの授業を行った。
そのあとは特にすることもなかったので、侑子にお茶を入れて欲しいと理事長室に招かれた。
「昨日はありがとうね、ユゥイ先生。みんな喜んでたわ」
「いいえ、ボクも楽しかったです」
紅茶を侑子の前に出すと、良い香りと言って目を細めた。
「でも、プライベートの方で一悶着あったみたいね?」
上品な仕草でカップに口をつける侑子が尋ねる。
ユゥイは苦笑して、少しだけ、と答えた。
「話してみなさい。すっきりするわ」
そう微笑んだ侑子はいつもの破天荒な雰囲気が全くなくて、ユゥイはつい泣きそうになった。
昨晩、ファイは部屋に戻ってこなかった。
どうしてかなんて、わかりきっていて、だからとてもかなしかった。
「ボクにはファイしかいませんでした。誰といても、どんなに楽しいことがあっても、ファイがいなければ意味がないって、そう思ってました」
「仲が良いのね」
「それも異常なくらいに、です。こっちに来てファイが黒鋼先生と楽しそうにしているのを見て、ファイはボクがいなくても幸せなんだなって思って、黒鋼先生を妬んでしまいました。ボクのファイなのに、ずっと一緒にいたのはボクなのに、って」
この年になって情けないですね、とユゥイが笑うと、対して侑子は笑みを消してカップを置いた。
「それだけじゃないんでしょう?」
「いいえ、それだけです」
「あたしは誤魔化せないわよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「いじめたいわけじゃないわ。でも、言葉にするって大事なことよ。それが自分にとって嫌な感情だとしても」
自分用の紅茶に砂糖を入れて、ユゥイは赤茶色の液体に映る自分の姿に視線を落とした。
そして参ってしまったように語り出した。
「ファイの好きなものはボクも好きで、ファイの嫌いなものはボクも嫌いでした。新しくファイが好きになるものもボクは好きになりました。食べ物も、音楽も、スポーツも、俳優も、映画も。何もかもをファイと共有したかったんです。でもボクらは同じだけど同じじゃないから、ファイはひとりで日本で教師の職に就いた。こうして追いかけて来たことも、普通に考えれば異常なことでしょうね。双子だとしても、ボクらは別の人間なのに。でも、ダメなんです。ファイと離れることが、置き去りにされることが怖いんです。だから、ボクはこっちに来てからもファイの好むものを好みました。和食や文化、それだけなら問題はありませんでした。けど、ファイが一番好きなものは、物ではなかったんです」
一気に話してしまうと、ユゥイは震えた息を吐いた。
「どうすればいいかわからなくて、最初はファイを奪った黒鋼先生に嫉妬しました。それだけでも十分醜いのに、ボクの執着心はあまりにも強くて、ボクはファイの好きな人を好きになりました。それだけは、絶対に共有できないのに。その感情を打ち消したくて、いつもファイを好き勝手してるんだからチョコくらいは渡させないって黒鋼先生にいじわるをしました。でもボクの気持ちにファイは気づいていて、昨日はファイがひとりで突っ走ってしまって、黒鋼先生に迷惑をかけてしまったんです」
渇いた喉をうるおすために紅茶を一口飲むと、仄暗い味が舌にしみこんだ。
侑子は優しい目でユゥイを見つめて、一度だけうなずいた。
「こんな話してしまって、すいません。どうしようもないことなのに」
「謝らなくていいわ。話せと言ったのはあたしだし、それに、どうしようもなくなんて、ないもの」
侑子はなぐさめるように言ってくれるけど、ユゥイにはそう思えなかった。
「祈ってあげる。あなた達の幸福を、あたしが祈ってあげる」
「そんな」
「祈ることしかできないけど。でも、あたしがあなた達の幸福を望んでいることを忘れないで」
「・・・・・・ありがとう、ございます」
ユゥイは自分は理性的な人間だと思っていたけれど、ファイに関してだけは違っていた。
たぶん、これからもひとりで嫉妬して、勝手に悲しくなって、無関係な彼らに迷惑をかけることになるのだろう。
その嫉妬の矛先が黒鋼からファイに移ってしまった日には、すぐにイタリアへ帰ろうと思った。
ユゥイの幸せはファイの幸せだから、ファイの幸せを壊す自分は何よりの敵だ。
侑子みたいに他人の幸福を願えたらいいのに、ユゥイにはできなかった。
だから、侑子の祈りはファイと黒鋼だけに届けばいいと思った。
自分は破壊者だ。
一番大好きな人の幸福を壊す、自分勝手な最低の人間だから、自分には侑子の祈りも届かないだろう。
そうあればいい、とユゥイは願った。
どうやっても手を伸ばせないくらい遠くで、彼らが自分のことを忘れて、幸せになればいいと、ぬるくなった紅茶をすすってユゥイは願った。
END
最近ついったーで黒ユゥイが黒ユゥイがとうるさい私です
どうしても書かずにいられなかった黒ファイ前提ユゥイ→黒鋼
浮気とか寝取られとか三角関係とか大好きなの!
もうね、黒ファイ前提黒ユゥイに熱くなりすぎてね、もうだめ
堀鍔ユゥイの立ち位置に悩んでいたところ、この関係が一番衝撃をもたらした
ファイとユゥイはもはや百合だよ
[1回]
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